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奥州市お役立ちガイド

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奥州市について

奥州市章奥州市は、水沢市、江刺市、前沢町、胆沢町、衣川村の5市町村が合併し、平成18年2月20日、平成28年2月20日で10周年となりました。
市章は、「奥のOと州のS」の外郭に、中心に市の特産物の「米」を納めて「奥」の字を簡略化したものです。

位置・地勢

田んぼアート奥州市は、岩手県の内陸南部に位置し、北は北上市・西和賀町・金ケ崎町・花巻市、南は一関市・平泉町、東は遠野市・住田町、西は秋田県に接しています。総面積は、993.35平方キロメートルと広大で、東西に約57km(キロメートル)、南北に約37km(キロメートル)の広がりがあります。
市域の中央を北上川が流れており、北上川西側には胆沢川によって開かれた胆沢扇状地が広がり、水と緑に囲まれた散居のたたずまいが広がっています。
奥州市最高峰の焼石岳(1,548m)を主峰とする西部地域の焼石連峰は、ブナの原生林が多く残されています。また、北上川東側には、北上山地につながる田園地帯が広がり、東端部には、種山高原、阿原山高原が連なっており、地域全域が緑のあふれる豊かな自然に恵まれています。
土地の利用状況は、総面積のうち、田が17.7%、畑が4.8%、宅地が3.5%、山林が44.1%で、農地の割合が高く、稲作を中心とした複合型農業により、県内屈指の農業地帯となっています。
また、交通の利便性の良さを背景に、県内でも屈指の商業集積が進み、工業団地等が整備され、伝統産業や基幹産業の事業展開が図られています。
【写真:平泉世界遺産登録マークと奥州の覇者アテルイを表現した田んぼアート】

沿革

豊田舘奥州市のある北上盆地南部(胆沢盆地)は、縄文時代より豊かな狩猟・漁労生活を実現した地でした。東北地方が大和王権に服属せず独立を保っていた地方王国(日高見国)の時代から、仙台平野南部に次ぐ東北地方住民の中心地でもありました。
三十八年戦争、前九年の役、後三年の役を経た平安時代末期、藤原清衡が、人口規模で京都に次ぐ国内第二の都市平泉を中心とした独自の政権を打ち立て、浄土思想を基調とする仏教文化が花開きました。その後約100年間に渡って東北全域を支配するも、四代目当主、藤原泰衡のとき、源義経をかくまったことから源頼朝の侵略を受けて滅亡します。
戦国時代末期より、伊達政宗の領地となり、奥州市一帯は、伊達政宗を藩祖とする仙台藩の一部となりました。しかしその後の廃藩置県、県合併により、宮城県ではなく岩手県の一部となっています。
近代には高野長英、後藤新平、斎藤實など多くの偉人を輩出しています。
【写真:藤原清衡が育った豊田舘】

人口(平成27年国勢調査)

奥州市の人口は、119,465人で、岩手県全体の9.4%を占め、県内では盛岡市、一関市についで第3位の人口規模となります。
合計特殊出生率(平成25年数値)は、1.66となっており、岩手県の平均値1.52を上回っています。
一般世帯数は41,725世帯で、増加傾向にあるものの、1世帯人口は2.94人で減少傾向にあり、核家族化が進んでいます。

気候

南北に走る北上高地、奥羽山脈と、三陸沖合で相接する親潮寒流と黒潮暖流の影響、また北緯 35°以北に位置し冷涼な中緯度気候帯と温暖な低緯度気候帯の境界付近に位置することから、奥羽山脈沿いの市の西側では、冬に雪の多い日本海式気候、夏は朝晩の気温の差の大きい内陸性気候となり、東側の北上高地は気温が低く高原的な気候となっています。市の中央部は一日の気温差と一年を通して気温差の大きい内陸性気候となっていますが、ここ数年は夏涼しく冬は暖かい穏やかな気候が続いています。

奥州市の四季